大田辰夫 牧師からのメッセージ
神は愛する者たち、すなはちご計画に従って召された者たちと共に働いて万事を益となるようにしてくださることをわたしたちは知っている。(ローマ8:28)
松井義子著「スギナのように」を読んで教えられた。スギナはツクシの草で酸性土壌に生える嫌われものです。スギナは抜いても抜いても減らずに増えて、地中深く根を伸ばしています。ところがスギナ自身は酸性土壌に生えているにもかかわらず、草の中で一番カルシウム分を含んでいるのです。
なぜでしょうか。
スギナの中には地下へ20メートルも深く根を伸ばしているものがあるそうです。これはどうも酸性土壌に不足している栄養分を探し、吸い上げ、自己の体内に蓄積するためらしいのです。そして結果的には、スギナが枯れていく時、カルシウム分を還元し、地力の回復をはかるのだそうです。やせ地にはやせ草しか生えませんけれどもやせ草はやせ地を肥す使命を帯びて誕生しているのです。やせ草は地力の回復と共に、その役割を果たして、次の草にバトンを渡し、一生を終えるのです。
ここに私たちの人生に対する問題提起があります。
「荒地は荒地の力で、やせ地はやせ地の力で回復する」のです。だからもし時間がかかるとしても、じっくりと物事を見極める姿勢(態度・心構え)と時間が大切なのです。ですから、聖書が語る「人間みな弱い罪人」という語りかけは、換言しますと、私たち自身が荒地であり、やせ地であることを語っています。このやせ草である私たちにも、使命が与えられていることを教えられるのです。すなわち、私たちは「私たちの命を何に使うか」を問われているのです。
毎日の生活に疲れ果てるときがあります。もう何もかもが嫌になり、投げ出してしまいたくなる時があります。けれども少し考えてみましょう。スギナの根はいつも真っ暗な土の中です。そして結果的には他者のために敢えて土中深く根を張るのです。私たちの苦しみの時、悲しみの時、試練の時、それはまさに「スギナの土中」です。私たち自身を豊かにする時です。そして、私たちの備えの時であり、また準備の時であります。ヨブ記36章15節に「神は貧しい人をその貧苦を通して救い出し、苦悩の中で耳を開いてくださる」とあります、そしてパウロは、「神は愛する者たち、つまり、ご計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。」(ローマ8:28)と語ります。
八方ふさがりの中で、なんの良いことも生まれてこないと思われるような中でも、地中深く根を伸ばし、養分を行き渡らせることができるのです。このことが分かれば、人生至る所に喜びを見つけることができるのです。マイナスの環境をもプラスに変えることができるのです。そしてイエス様の人生が正に「スギナの人生」だったのです。
私たちはやせ地に生えたやせ草です。しかし、神様は私たちに今なを、「生きよ!」と命じ、また生きる使命を与えてくださっているのです。「神は私たちを、万事が(全ての事が)益となるようにしてくださる」という事を知っているのです。私たちは共に欠けのある者です。この欠けを祈りつつ補いつつ「スギナの人生」を共に歩んで参りましょう。